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一経営者の四方山話

個人的に関心を持っているイシューについて考えたことを書いています。経営、経済、文化、学問など多岐に渡ります。

考える力

 考えるのが面倒くさくなると、突然極端な思考になってしまう癖が日本人/人間にはあるのかもしれないと最近思うようになった。

 原発事故で考えることに疲れたのか「いったん原発事故が将来発生すると日本はもう駄目だ」とか、戦前だったら「もし日本が米国に負けて、米軍に日本が占領されることになったら日本人は皆殺しになってしまう」とかいうのがそう。

 

 考えるというのは基本的にエネルギーが要る行為だ。考えるべき内容や考えるプロセスを最初に考えないといけないし(「考える前に何を考えるかを考える」と私は言っている)、それらを一つ一つ丁寧に行っていくことは普段やり慣れていないととても疲れる。しかし大事な問題は思考プロセスを飛ばさずに考え抜く必要がある。考え抜くのは考え悩むのとは違う。考え悩むのは無限ループに入り込んでしまった状態。考え抜くのはちゃんとリニア(直線的)に考えていくので前に進んでいる状態。

 

 突然極端な思考になってしまう原因の一つに、リスクとともに生きる(living with risk)ということに対する慣れ/不慣れがあるのではないか? 人生、何もかもpredictable(予知可能)ではないし、願った通りになるものでもない。将来の不確実性を小さくする努力は必要だろう。しかしいったん事が起きてしまった時にちゃんと損害最小化(damage minimization)の準備をしておくことも同様に大切だ。つまりリスクの最小化とリスク事象が発生した時の対策準備とは二律背反ではない。車で言うと、安全運転をしてリスクを最小化する行為と自動車保険に入る行為とは矛盾することではないはずだ。

 

 それと二つ目の原因に「言霊思想」があると思っている。例えば「もし今度の出張で乗った飛行機が墜落してぼくが死んでしまったら、残された君や子供たちはどうなるんだろう?」なんて発言をすると「縁起でもないことを言わないでよ!」と妻にたしなめられるだろう。リスク事象が発生した時の対策を考えておく準備を、この思考停止によって怠ってしまう、という結果になってしまう。戦前だったら「真珠湾攻撃が失敗に終わったら、plan Bとして・・・」とか「仮に本土が空爆されるくらい敗戦色が濃厚になった時には戦争終結に向けてこんな準備をしておかないといけない」などと考えていたのだろうか? そんなことを言うと「おぃおぃ、負けないようにだから今がんばるんだ」とか「そんなことを考えておるのか! 非国民め!」などと言われていたのではないだろうか? 見事な思考停止だ。

 

 私の経営上のモットーの一つに「悲観的に準備して楽観的にoperateする」というのがある。楽観的に準備すると失敗した時のダメージがでかすぎる。悲観的にオペレートすると周りが暗くなる。(笑)