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一経営者の四方山話

個人的に関心を持っているイシューについて考えたことを書いています。経営、経済、文化、学問など多岐に渡ります。

無知の知

無知の知」という言葉がある。英語で言ったら、recognizing my own ignoranceって感じか。なぜ自分が無知であることを知っておく必要があるのか、と考えてみた。
誰だって、実際は多少なりとも周りの人よりも知っている分野とかはある。世界一誰よりも知っている分野もあるかもしれない。例えば自分が住んでいる地域のどこにカエルがいる可能性が高いか、などという非常にニッチな知識に関してはその人は世界一かもしれない。
しかし、それでもなぜ自分が無知だと知っておくことが大切なのか?

「知っている」ということは「知らない」と言う状態ではないと言える。例えば我々が話している相手の話を理解しようと努める時の自分の頭の中を考えてみると、自分はその人の話を「知らない」と自覚しているから、理解しようと努めるし、そして相手の話を理解したその後に「知っている」という自覚状態になる。つまり情報を自分の中に取り込むということは自分が空(から)であることを自覚していないといけない、ということなのだ。それを「自分は知っている」と自覚している場合は、空でないために相手の話(本でもいい)が頭に入ってこないのである。

世の中、実際は「知っている」と「知らない」の2つしかないわけではなくて、「知っている」にも「より知っている」という状態が無限に上まであるわけだ。「知っている」から「より知っている」という状態になるためには、自分は「知っている」という自覚が情報の受け入れを阻害してしまうからこそ、そういう自覚を持たない方がよい、ということなのだ。

黒澤明監督がアカデミー賞の受賞の時に「私は映画というものがまだよく分からない」とコメントしていたが、世界一になること、そして世界一であり続ける人たちは、ただ単に謙虚に言っているだけなのではなく、本気でそう信じているからこそ、世界一になっているのではないかと思う。