読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一経営者の四方山話

個人的に関心を持っているイシューについて考えたことを書いています。経営、経済、文化、学問など多岐に渡ります。

山下泰裕さんの挫折

『そろそろ、世界のフツーをはじめませんか いま日本人に必要な「個で戦う力」 』(今北純一✕船川淳志 日本経済新聞出版社 2013-03-27)という本を読みました。色々と赤線を引きまくって読んだのですが、その中で一番感動したの柔道の山下泰裕さんと彼の挫折の話です。今北純一さんが山下さんをインタビューした時の話で、ちょっと長いですが、そのまま引用します。

-------------

私(今北純一)は、一度うかがってみたいとずっと思っていた質問をご本人にぶつけることができました。その質問とは、「山下さんは、これまでに挫折というものを経験されたことはおありなのでしょうか?」でした。

 山下さんは、いつものにこやかな表情で即答されました。「いえ、ありません」と。挫折の経験がない人間などあるはずがない、という前提が私の質問の根底にあったので、私は一瞬意表を突かれた思いがしましたが、同時に山下さんならさもありなんとも思いました。

 普通に考えると、挫折したことがないと断言するような人は、傲慢で傍若無人というイメージが漂うものですが、あの天真爛漫な笑顔をもってこのように言われてみると、きっとそうなんだろうなぁという感慨とともに、一言で言うなら、私はすっかり納得してしまいました。

 このエピソードには後日談があります。この後日談をお話しないと、山下さんの「挫折」に関するエピソードは完結しません。翌年、『日経ビジネス』の企画で、私は山下さんと新春誌上対談をさせていただくことになりました。(2006年1月16日号『日経ビジネス』)

 対談場所は講道館でした。この時、対談開始前に、山下さんのほうからこう切りだされました。「パリでお会いした時の、挫折に関してのご質問ですが、時間が限られていたのでお話ししきれていないことがあります」と。

 どういうことだろうかと興味津々となって聞き耳を立てた私に、山下さんは、おもむろに語り始めました。「挫折したことはあるかというご質問に対して『ありません』とお答えしたのは、柔道家としての現役時代についてのことです」。現役時代、山下さんは203勝された、まさに不世出の天才ですから、挫折がなかったとしても当然のこと、私はそう頭の中で反応しました。

 そして、山下さんは続けてこうおっしゃいました。「でも、現役を引退し、コーチという指導者の立場になってから、とんでもない挫折に直面しました。自分が全精力を傾けて指導している門下生が肝心要の大試合で優勝できないというジンクスに見舞われたのです。いろいろと原因を考えましたが、なぜなのかわかりません。突破口が見つけられぬまま閉塞感に悩まされていたのですが、考え抜いた結果、ようやく真の原因を突き止めることができました」。

 山下さんの表現による、「真の原因」とは一体何なのだろうか、と私の好奇心は全開状態になりました。そして、山下さんの説明は、私の想像を絶するものでした。山下さんは、淡々とした口調でこう言われたのです。「柔道家であれば、国内・国外を問わず、誰もが試合で優勝したいものです。それを、私は現役時代に独り占めしてきました。そのために夢を果たせなかった選手たちのうらみつらみが、今の指導者としての自分の前に立ちはだかっているということなのだ」、と。

 さらに、「『山下に負けた』ということがうらめしさにつながるのではなく、『山下と闘った』ということを誇りに思ってもらえるためには、自分の人格が至らなかった、ということにこれまで気がつかなかったのです。それで、自分としては、この自覚を契機として、自分の人格を磨く努力を積み上げていこう、そう決心しました」と山下さんは締めくくられたのです。

 山下さんは、柔道の闘いにおいて天下無双なだけではなく、精神においても高潔な人なのだという発見とともに、私は山下さんの言葉に接して、感動で体が震えました。

------------

 

私も20年ほど前に山下さんを間近に観察する機会がありました。当時、私は自民党本部で働いていたのですが、山下さんがスポーツ政策に関して自民党本部に陳情にいらっしゃったと記憶しています。彼が発言する姿を見るとまさに天真爛漫で、言うことにオモテウラが全くない感じで、オモテウラありまくりの「永田町」の人間関係に慣れきっていた私からは、その異質ぶりに驚愕した覚えがあります。

その彼が人生で初めて味わう本格的な挫折感。それをどのように克服していくか、というのが並大抵の話ではありません。自分の人格が足りない、と認知したとしても、これは完全に終わりのない努力です。まさに生涯をかけての闘い。

私も事業が成功するか失敗するかはどうでもよくて、私と苦楽を共にした仲間が「新岡と一緒に闘った」ということを誇りに思えるような人間にならなければならないなぁ、と思わされ、決意を新たにしたしだい。