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一経営者の四方山話

個人的に関心を持っているイシューについて考えたことを書いています。経営、経済、文化、学問など多岐に渡ります。

テレビ番組のネイティブ広告考

テレビ番組のネイティブ広告(native advertisement)の手法を今朝の通勤時に電車の中で考えた。ネイティブ広告とは、例えばtwitterfacebookがやっているように、コンテンツ(文章や画像や動画など)と同じ文脈で表示される広告で、一見したところすぐに広告だとわからなく、それなりにコンテンツ上の価値があるものも多い。

昔からProduct placementというマーケティング手法があって、たとえばBMWが007シリーズのスポンサーの一人になって、ジェームズ・ボンドBMWの改造車をかっこよく使うシーンを作ってもらい、映画を見た人のBMWを購入する意欲を高める、というような手法はあったが、あれもネイティブ広告と言えなくもない。

テレビ番組の中にネイティブ広告を埋め込もうと思ったら、ドラマの中で出演者が突然「そういえば、こんな時にこのアプリが便利なんだよねぇ~」とか言い出して、(わざとらしいが)そのアプリが軽く(?)宣伝される場面を挿入しておく、とか。
あるいは、視聴者がテレビ番組の録画でCMを自動であれ手動であれスキップしてしまうことの対策として、テレビ局がテレビ番組内でPicture in pictureのように、画面の片隅で小さくCMを流し続けることをやるかもしれない。視聴者にはうっとおしいんだけど、録画で番組を見る視聴者に、スポンサー様のCMを何としてでも見せるにはこんな手段しかないんじゃなかろうか?
YouTubeのように最初に数秒広告を強制的に見せて、それからCMをスキップ可能にする、という手法も「もがいているなぁ」という感じがする。

いづれにせよ、動画上でネイティブ広告って「うっとおしい感」がつきまとう。twitter/facebook上のネイティブ広告が、まだ一応受け入れられているのは基本静止画だからだと思っている。自分で視聴するものは自分でコントロールしたいというcontrollabilityというイシューだ。ネイティブ広告を無理やり見せられても、twitter/facebookだと、自分でそのネイティブ広告をほとんど読まずに次へ進むことができる。一方、動画の中にネイティブ広告を入れられると自分でコントロールできないから、「うっとおしい感」が生じてしまうのだ。

テレビ業界はCMスキップに対する対策がないまま進むと、スポンサー離れが進んで、そのまま安楽死への道しかなくなる。したがって、今後生き残っていこうと思うのならば、
1. 視聴者に受け入れられる、何らかのネイティブ広告の手法を考案する
2. 自分のプラットフォームを離れて、例えばhuluなどへの有料でのコンテンツ配信とか、ビジネスモデルを全く変えていく、
というようなことをやっていかないといけないだろうな。今はひたすら安楽死への道を走っているように思える。