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一経営者の四方山話

個人的に関心を持っているイシューについて考えたことを書いています。経営、経済、文化、学問など多岐に渡ります。

今我々が生きていくのに必要な「国語力」とは

20代の社員と話していて感じたのだが、ビジネス文書を書かせると、国語力が圧倒的に足りない。それは学校教育で教わる国語力なのではなく、コミュニケーションのツールとしての国語力が圧倒的に足りないことに気付く。
うちの娘たちの国語の宿題を見ていて私が感じるのだが、日本の学校で習う/育てようとしている「国語力」は:
1. 書き手が何を言おうとしているのかの推測ができるような読解力。書き手の言わんとしていることを100字以内などにまとめる能力。
2. 読んだ内容について思ったり感じたことを書かせる、(感受性を磨いて?)感想文を書く能力。
などが主体になっている。
一方、世の中に出て必要とされる国語力は:
1. 論理的に物事を考えて、それを相手に理解してもらい説得するための思考力と文章構成力・対話力。
2. 複雑な事象を、誤解の余地がないように明晰な文章で表現する国語力。
3. (契約書など)構造的・論理的に書かれた文章をちゃんと理解して、その足りない部分などを考えることができる国語力。
4. 相手が必ずしも100%表現することができない事柄を、想像力などを使って表現しがたいものを言語化して思考を明晰化(explicit)する国語力。

そういう意味で、学校の国語の先生に有能なビジネスマンが教えに行ってもいいんだよなぁ、などと考えてしまった。
それでも村上春樹とかにビジネス文書を書かせたら相当明晰な誤解の余地ない文章を書いてくれそうな気がする。要するに言葉の意味空間に対する感性が鋭いというか解像度が高いというんでしょうかね。作家という職業は文章を分析的に読み書きすることに慣れているからじゃないかなぁ、なんて考えている。