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一経営者の四方山話

個人的に関心を持っているイシューについて考えたことを書いています。経営、経済、文化、学問など多岐に渡ります。

読書というメンタルトレーニング

米国の小学校でボランティアのゲストスピーカーとして「日本の小学校」とか「日本の政治制度」といったテーマで話したりしていたことがあるのだが、米国の学校ってやたらと読書をさせる。国語の授業って要するに読書の授業なんだよね。私が見た中学の国語の授業のシラバスを見ると、『華麗なるギャツビー』とか『白鯨』とか1年で20冊くらい読まされる感じになっていた。
うちの娘達、浦安市で公立の小学校に行っているが、さすがに夏休みの時は読書の宿題があるが、普通の授業で国語の教科書を読んでくる宿題はあるものの、それ以外に読書の宿題が出たことがない。1週間に1時間読書タイムというのがあるようだが、それだけ。
こんなのでいいのか?

本をまったく読まないビジネスマン(年間5冊以下とか)は信用ならないので(←私の偏見です)、採用インタビューで最近6か月で読んだ本を3冊くらいあげさせて考えたことを聞いたりしている。その時によく思うのだが、子供の頃に本をよく読んでいない人が大人になったとたん、読書家になる、というのはほとんどない。子供の頃から読書の習慣/トレーニングをしておかないといけない、ということなんだろう。

読書は頭にかかる負荷がテレビなどに比べて重いので、それなりの集中力、想像力、思考力が必要とされる作業だ。
幼児虐待等を受けると学校の成績の中でも特に算数の成績が低くなる傾向にあるという結論の論文を読んだことがある。他の科目に比べて算数の問題を解くには一貫した集中力、情緒の安定がより必要だからなのではないか、というのがその人の仮説だったのだが、読書の能力もそうなのかもしれない。ちなみに、ある一定量までの夫婦喧嘩の頻度と子供の成績とは相関関係が発見されなかったらしく、夫婦喧嘩はconflict resolutionやstress managementのよいサンプルを子供に見せていることも考えられるのだそうな。w ただしあまりに頻繁だと成績との相関関係が出てくるらしいですが。これは想像がつく。

たぶん現代人は暇つぶし的にスマホでブログとかニュースとかを読んでいるので、10年前よりも読んでいる「活字の量」という意味では増えているのかもしれないが、それが読書というトレーニングと同等の効果をもたらしているのかどうかに興味がある。本に比べて、スマホで読むような文章は一つ一つが短いので、長時間の集中力を必要とせず、知的トレーニングとしての効果は薄いのではないか、というのが私の仮説なのだが。