一経営者の四方山話

個人的に関心を持っているイシューについて考えたことを書いています。経営、経済、文化、学問など多岐に渡ります。

起業家とセールス能力

スタートアップ企業を経営していくのに、何が一番大切ですか(critically important)と外人から聞かれて、前にこんな風にこたえたことがあるらしい。答えた本人の私は忘れていたが、答えられた彼はそれを大切に今まで20年近くも意識してがんばってきたと先日知った。
彼によれば、当時の私の答えはこうだったらしい。
ベンチャー企業が倒産するのは直接的にはキャッシュがなくなるからなんだけど、実際は、要するに説得力の無さだ。投資家に対して自分が信用に値する人物であることを説得できなかったり、良い商品・サービスであることを潜在顧客を説得できなかったり、という具合だ。説得に成功する前にキャッシュが無くなって会社倒産ということになるだけだ。」

今もその考えは変わらない。だから起業家は有能なセールスマンである必要がある。もしそんな資質がなかったら、そういう資質の人をパートナーに選んで起業する必要がある、ということだ。

駅のデザイン

『駅をデザインする』(赤瀬達三著、筑摩書房、2015-02-10)という本を読んだ。各国の駅のデザイン(建物だけでなく、路線図とか道標とかも)を比較して論じたものだ。あらためて思ったが、日本の駅のデザインも悪いわけではないのだが、世界でも断トツにデザインが悪いのが新宿駅
そもそも中央本線、中央線快速、中央・総武線(各駅停車)の違いの認識は東京に長年住んでいる人にとっても難しい。ましてや外国人観光客は大変だ。私ですら、京王線京王新線を先日間違ってしまった。また、急行や特急に乗る時は追加料金が必要な場合とそうでない場合があるが、その区別をどうやってするのかを外国人に聞かれて答えに窮したことがある。
「(新宿駅では)JR七路線は並列する八本のホームに分かれて発着していて、そのホームごとに個別の屋根が架けられている。このため全体的な状況が分からず、様子が見えるのはせいぜい隣のホームだけだ。これがもし、英国鉄道の駅やミュンヘン中央駅のように、全体を高い屋根で覆うことにしたら、ホーム相互の見通しはずっとよくなる。サインの工夫次第で、乗り換えも格段に分かりやすくなるはずだ。」(p.185)
ただし、これをやろうと思うと、今ではお金がかかりすぎてできることではない。要するに、駅のような、比較的大規模な公共空間を作る時には、最初のうちにデザインをよく考えておかないといけない、ということだ。後で大規模に変更するとなると、お金の問題と工事期間中利用者に迷惑をかけることになる、ということだ。

ニューヨークのGrand Central Stationのように、駅の天井が高いと気持ちがいい。フランスのTGVの駅とかも天井が高い。
天井が低いと圧迫感があって、みすぼらしい感じになる。そういうところを通る時は、私のように背が高いと頭をぶつけそうな気がして、ちょっとストレスフル。地下鉄の駅の天井が低くなるのは理解できるが、地上を走る鉄道の駅は天井を高くしてほしいもんだ。

名古屋駅のサイン(道案内の看板)の問題も書いてあって、東山線名古屋市営)に乗り換えるような人への案内が極端に小さく見にくい。「名古屋マリオットアソシアホテル」とか「ジェイアール名古屋タカシマヤ」の方向指示情報は大きくある。身内企業への案内は重視しているのね、と言われてもJRは反論できないだろう。

マーケティングの考え方の基本

部下と話していてマーケティングの考え方が理解されていないことを感じて、マーケティングの勉強会を定期的に提供している。だいたいこんな誤解を彼らは典型的に持っている。彼らは「"常識的"にはこうでしょう」と言うのだが。

1. ターゲットになる市場は大きければ大きいほど良い。
2. お金をたくさんかけて広告・宣伝をしないと売れない。
3. 機能的に競合商品よりも優れていないと売れない。

以下に、一つ一つ反論してみよう。

1. ターゲットになる市場は大きければ大きいほど良い。
「女性用下着というように市場を限定しないで、男女兼用下着というのを開発して売ると、ターゲット顧客の数が倍になって、事業として成功するよね」と言うのと同じ。そんな商品、誰も(たぶん)欲しがらない。
競合企業に対して戦っていくためには戦略の王道である「差別化」を行いたい。そのことにより、ターゲット層に「刺さる」ものを提案しないといけない。しかしそのターゲットを広げ、かつ刺さる価値提案(value proposition)を行うのは相当難しい。よく「刺さる」提案は限定された人たちへ向けた商品だ。
「今までにそんな切り方なかった!」というように、マスマーケットをもっと細分化して新たな切り口で攻めることもよく行われる。缶コーヒーでも「朝専用」を打ち出してみたり、アシックスのバスケットボールシューズ「ゲルバースト」は高校のバスケ部選手向けに開発されて、成功している。
アサヒフードアンドヘルスケアの栄養調整食品「1本満足バー」シリーズは、大塚製薬の「カロリーメイト」「SOYJOY」という手ごわいライバルがいる中、「夕方からの頑張りに!」をテーマに、男性が残業などの際に小腹を満たすという、他社が攻め切れていないニーズを開拓して成功した。すなわち朝食目的で買うセグメントを見事に捨てている。
マーケティング上の意思決定は「捨てる」勇気が必要だ。

2. お金をたくさんかけて広告・宣伝をしないと売れない。
もしこれが本当なら、世の中、巨大な広告予算を持ってテレビコマーシャルをバンバン出せる大手企業しか生き残れないことになる。実際には、ターゲット顧客にメッセージが届きさえすればいいのだから、ターゲットが床屋のように地域限定である場合もあれば、プラモデルのように、ある趣味を持つ人限定だったりする。したがって、その限定したターゲットに効率よくメッセージを届けさえすればいいわけだ。市場を限定すればするほど、メッセージを伝える相手が具体的かつ「刺さる」メッセージを効率よく伝えることができるのだ。そして市場を限定すればするほど競合企業の数が少なくなっていく。その結果、メッセージを伝えやすいし、説得力を持ってくる。

3. 機能的に競合商品よりも優れていないと売れない。
Louis Vuittonのハンドバッグは機能的にみると、ただの塩化ビニールでできた袋であって、革製よりも機能面では劣る、と言われてもしょうがない。
マーケティングで大切なのはターゲット顧客の「頭の中の戦い」を意識することだ。客観的な違いではなく、ターゲット顧客の頭の中で「違い」を感じさせればいい。私にとってはCoachのハンドバッグもGucciのハンドバッグも機能面での違いを全く感じない。しかしほとんどの女性の「頭の中」では違いが明瞭に存在している。
小林製薬の「熱さまシート」だって、機能的には要するに保冷剤だ。最初出た時は発熱時に子供のおでこを冷やす用途で発売した。この市場では、機能面ではるかに優れた、中に氷や水を入れて使用するゴム製の氷枕(水枕)というのがあった。「熱さまシート」は使い捨てだが、氷枕は何度でも利用可能だ。しかも小林製薬は大人というセグメントは捨てて、子供の発熱用に限定してきた。単純に考えると、ターゲット市場が大幅に小さくなっている。しかし、
売上=商品単価×購入個数×購入回数/年
という方程式で考えると、氷枕は1回しか買わないが、「熱さまシート」は何回も買う消耗品にしてしまい、ターゲット市場を結果的に拡大することに成功している。

要するに、マーケティングというのは、顧客の頭の中の戦いをいかに制するか、ということだ。知恵と工夫でいかようにもなる、ということだ。

決められたルールとか型を破れない人の言い訳

若手社員と話していて思ったが、決められたルールとか型を破れない人の言い訳はだいたいこれらのどれかに分類される。

<能力の欠如系>
1.「私には変える力(権限)がありません」
 新岡:では力/権限ある人になるか、力/権限ある人を説得しなさい。そのくらいはできるだろう。
2.「いままで経験がありません」
 新岡:あんたの年齢でなんでも経験ある人はいないだろう? その歳で新たな経験を求めなかったら、どうやって成長できると思っているの?
3.「私にはできません」
 新岡:やろうともしたことないくせに、できないと断言するな。
4.「私はそんな特別な人ではありません」
 新岡:100メートルを10秒以内で走ってみろ、というような特別な才能と特別な努力が要るようなことを要求しているわけではない。普通の人が普通に努力すればできる程度だろうが。

<周りの目を気にした自己抑制系>
5.「目立ちたくありません」
 新岡:目立たずにやれる方法もあるよ。そもそも正しいことをやって目立って何が悪いというのだ?
6.「言われたとおりにやりました」
 新岡:言われたことだけしかやれないんだったらロボットと同じ。言われた意図を自分で頭を使って考えろ。

<居直り系>
7.「やろうと思えばいつでもできる」
 新岡:いつになったらやろうと思うわけ? あなたがやろうと思ってくれるのを周り/市場は待ってくれないんだよ。


要するに向上心とか成長欲とかが足りないんだよなぁ。でも世の中、そういう人の方が圧倒的多数なのかもしれない。そういう人を上手にマネージできて、やる気にさせていくのが優れたマネジャーなんだろうな。

「ハラル対応」の持つ意味合い

ANA機内食のメニューに「ハラル対応」の食事があるのに感心した。イスラム教のハラルに対応しているということは、豚肉を使用した製品、ゼラチン、お酒、アルコールより抽出された香味成分、うろこやひれの無い海洋生物の肉は使用していない、ということだ。
当然ANAが自分で作っているわけではなく、サプライヤーが作っているわけで、さらにそのサプライヤーは色々なところから食材を仕入れているわけなので、それらのサプライヤーの階層を上流にさかのぼって調べてハラル対応かどうかを交渉・検査しているわけだから、大変な手間だ。
でも考えてみると、昨今話題になるtraceability(食品などの生産履歴管理)がしっかりとできているということで、各種宗教対策された食品だけでなく、アレルギー対策食品だのも安心して購入できる、ということだ。
ということは、ANA機内食を下している会社の食品は、食を非常に気にせざるをえない家庭では安心して購入できるに違いない。
今後、日本が国際観光立国を目指すのならば宗教食に対応していくしかない。そしてこれに対応するということは、日本の食の流通網も相当鍛えられるなぁ、と思った。

Wikipediaを見ると、ハラル対応は相当大変だ。
1. 餌:その家畜が食べた餌にハラルに違反するものが入っていてはならない。
2. 屠畜:必ずムスリムが殺したもので無ければならず、鋭利なナイフで「アッラーの御名によって。アッラーは最も偉大なり」と唱えながら喉のあたりを横に切断しなければならない。(新岡注:こりゃ大変だ...。屠畜する人にイスラム教信者なんか相当少ないだろうに...。)
3. 解体処理:牛の頭をキブラの方向に向けて完全に血液が抜けて死んでから行う。
4. 輸送保管:保管場所や輸送する乗り物に豚が一緒になってはいけない。冷蔵庫からトラックまで全て別にする必要がある。

本当にこういうのに対応するのは大変。「ダイバーシティ」に対応するというのは、こういう手間をかけてやっていくということなのだろうな。


http://www.ana.co.jp/int/inflight/spmeal/

 

登山用マップと戦略思想

山登りのルートを調べていて気づいた。山登りのルートのそれぞれには、昔から山登りしてきた人たちの「戦略思想」を感じさせる。ただ単に獣道を人が歩いて踏み固めらてできた道、というような単純なものではない。

通常山登りのルートの始まりは沢沿いで、しばらくは川に沿って歩くことが多い。これは樹木がないから視界を確保しやすく、道が割と平坦だからだ。しかし、沢沿いだけで頂上に立てることはない。途中に滝があったり、あまりに急峻で普通の人は登れないからである。そうなると、尾根伝いに歩く戦略をとる。
山ができたての場合は、水による浸食がないため、尾根も谷もないが、数万年も経つと降雨時の川ができて、水の流れは山肌を浸食して削り取り、深い谷ができ、水が流れないで浸食されなかった部分は尾根となって残る。
沢沿いだと水を確保しやすい。一方尾根伝いに歩くと、水の入手は困難だし、天候によっては風も強く吹く。
したがって、沢沿いから尾根へルートを変更するポイントを選ぶのは戦略的な意思決定だ。沢沿い→尾根→沢沿い→尾根→頂上となることもある。あまりに長く尾根伝いで歩くと水を確保できないとかテントを張る場所がない、ということで尾根から外れたところをコース取りしていたりする。
そういった古(いにしえ)の人々の戦略思想というか設計思想というか、そういったものを感じ取るように登山用マップを見るのも楽しい。

既存の枠組みを信じてはいけない

『0ベース思考』(スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー著 Think Like a Freak, by Steven D. Levitt and Stephen J. Dubner)を読むと、ホットドッグの早食い競争で優勝した小林尊(たける)さんの話が出てきて、おもしろい。私はこの本で彼のことを初めて知ったんだけど、早食い業界(どんな業界だ?)では世界的に有名らしい。

12分間の間に何個ホットドッグ(正確にはHDB, Hotdogs and buns)を食べられるか、という勝負。小林さんが出場するまでの従来の記録は12分間で25個と8分の1だった。しかしKobi(コービー)こと小林くんは小柄で華奢な体でありながら12分間で、50個も食べた。1分間で4個以上を食べるペースだ。この記録の飛躍ぶりは、100メートル競走の記録で言えば、いきなり4秒台が出たようなもの(と著者は書いているが、このたとえはちと無理があるような...)。
コービーはさまざまな方法を実験して、エクセルにデータを入力して、どんどん、だめな方法を却下していった結果、ベストの方法を考案し、それは以下の方法であった。
1. 食べる前にソーセージとパンを半分に割る。(Solomon methodと後に呼ばれた。聖書の故事に由来。)
2. ソーセージとパンを別々に食べる
3. パンはぬるま湯に浸す(のどの滑りを良くし、かつ咀嚼筋をゆるめて、吐き気を防止する目的。)
4. 睡眠を十分にとる。
5. ウェイトトレーニング(強い筋肉は咀嚼力を高め、吐き気を我慢するのに役立つ)
6. 飛び上がったり体をくねらせながら食べると、胃にスペースができるらしい。“Kobayashi Shake”と後に呼ばれる。

これで彼はその後6年間連続優勝し続けた。その後他の選手も彼のやり方を真似したりして、次第に追いつかれてしまったらしい。
1対1のガチンコ対決で、彼が負けたケースもあって、コビーは2分半で31本のソーセージを食べたが、敵は50本も平らげた。その敵とは、体重500キロのアラスカヒグマだった。

コビーの優れたところは、既存の記録の数字は一切考慮せず、mental limit(頭の中での制限)を持たないようにしたこと、そして問題を定義し直したことだった。それまでは「ホットドッグをいかにしてたくさん食べるか?」ということを従来の選手は考えていた。しかし彼は「ホットドッグをいかにして食べやすくするか?」ということで考え直したのだった。要するに「既存の枠組みを信じてはいけない」ということだ。